月夜に還す
果たされることのない・・・


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 「ごめんな。」

 「え?」

 突然の謝罪に、幸香の意識が遠い過去から引き戻された。

 「俺が五年生の夏、ゆきちゃんに何も言わずに居なくなったことをずっと謝りたかったんだ。」

 「…うん。」

 「あの日、俺は突然母親の実家に連れられて帰られたんだ。その後すぐに、母さんは父さんと離婚したんだ。」

 「えっ!?おばさんとおじさん、離婚したの?」

 「ああ。俺もその時まで全然気付かなかった…。何も教えて貰えずにいきなり家を出たから、最初は色んなことに気持ちが着いて行かなかった。」

 沈んだ声に幸香が隣を見ると、滉太は眉間を寄せて辛そうな顔をしている。

 (私なんかよりも、こうくんのほうがずっと辛かったんだ…)

 大好きな滉太が突然姿を消したあの日、涙が枯れるまで泣き続けた私よりも、両親が離婚してそれまでとは違う生活に放り込まれた滉太の方が何倍も辛くて悲しかったに違いない。

 そう思い到った幸香は、彼を何とか励ましたくなった。

 「こうくんの方がずっと大変だったんだね。私、全然知らなかった…。」

 「俺も何も知らなかったんだ。ゆきちゃんが知らなくて当然だよ。多分ゆきちゃんちのおじさんもおばさんも知らなかったと思うし。本当にごめんな。」

 「こうくん…。もう謝らないで。確かにこうくんが突然いなくなってすごく寂しかったよ。でも、もう昔のことだもん。こうして元気にしてるって分かっただけで安心したよ。」

 「俺も。もう一度ゆきちゃんに会えるなんて思ってなかったから、嬉しいよ。」
 
 そう言って嬉しそうに微笑んだ滉太の顔が、二十年前のあの時の笑顔と重なる。
 
 幸香の耳の奥で、一斉に蝉しぐれが起こった。
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