蜜月は始まらない
チケットをいただいてから、約2週間。

つまり……突然錫也くんにキスをされたあの夜からも、同じだけ日が経ったということになる。



『おはよう、華乃』



ろくに眠れず迎えた翌朝。どんな顔で会えばいいのか悶々と考えながらキッチンでフレンチトーストを焼いていた私に、自室から現れた彼は普段と変わらない落ち着き払った様子で挨拶をしてきた。

そして返す言葉に詰まり、うまく返事ができずにいる私へさらにこう続けたのだ。



『ゆうべ、たぶんいろいろ迷惑かけたみたいで悪い。俺、何か変なこと言ったりしてなかったか?』

『……え、』



思わず、ポカンと錫也くんを見上げた。

だって、もしかして。
この、彼の口ぶりだと──もしかしてあの出来事を、まるっきり覚えていないんじゃ、って。

私の予感は当たっているらしく、じっと見上げた先の錫也くんは、何の動揺も見られない無表情で軽く首をかしげている。

……なんだ。

そっか、なんだ……彼はゆうべの、私にとっては一大事だったあのキスのことを、すっかり忘れてしまったんだ。

まるで身体中から、力が抜けるようだった。

うつむいた私は錫也くんからは見えない角度で下唇を噛みしめ、それからパッと笑みを浮かべながら顔を上げる。
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