蜜月は始まらない
職場や、家事をしているときはもったいないし、錫也くんの前でわざわざつけるのもなんだか気恥ずかしい。

そんな理由で今日までは、こうして夜ひとりでいる時間にこっそりつけては眺めるという、なんだか地味な楽しみ方をしている。



「……綺麗」



何度見ても同じ感想を抱き、ポロリと独り言も漏れた。

錫也くんがくれた、エンゲージリング。
指にしっくりとなじむ緩やかなカーブを描くそのリング部分は、色の違う金属が重なって木目のような不思議な模様を描いている。

そして中央には大粒のダイヤモンドが鎮座しており、それを支えるアームのひとつが小さな桜の花びらの形になっているという、上品な中にもかわいらしさがあるデザインだ。

実際につけてみて、サイズがぴったりだったことにもさらに驚いた。

彼に指のサイズなんて教えたことはない。
思い当たることがあるとすれば、ここに一緒に住み始めて間もなくの頃、休日に母とショッピングモールへ行ったときのことだ。



『あんた、ちゃんと自分の指のサイズ測ったことある？　せっかくだし、今やってもらえば？』



珍しく自分用のアクセサリーを見たい、なんて言う彼女に付き合ってジュエリーショップに入った際に、なんの裏もなさそうな調子でそう勧められたことがあった。

今思うと、なんとなくあのときの母は強引だった気がする。

もしかして、錫也くんに頼まれてあんなことを……？

つまりもうずっと前から、彼はこの指輪を準備してくれていたということだ。

そう考えたら、うれしくて照れくさくて申し訳なくて、でもやっぱりうれしくて。

どうしようもなく、泣いてしまいそうになる。
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