蜜月は始まらない
……いいのかな。

こんなに素敵なものをもらっちゃって、よかったのかな。

本当に私が、錫也くんの奥さんになっても……いいの、かな。

頭の中で自問自答を繰り返しながら、ソファにこてんと横たわった。

ちょうど目線の正面にあるテーブルの上に、畳んだばかりの錫也くんの服がある。

試合のときにいつもユニフォームの下に着ている、黒い半袖のアンダーシャツだ。

私は手を伸ばして、そのアンダーシャツを引き寄せた。

……ごめんなさい、錫也くん。

ここにはいない持ち主に心の中で謝罪してから、手もとのシャツにぽふっと顔をうずめる。

静かに呼吸をすると、柔軟剤の香りに混じって錫也くんの匂いがした。

落ち着くけどドキドキする、私にとっては不思議な力を持った香りだ。

そのまま目を閉じると、数日前彼と出かけたときの記憶が、鮮やかに脳裏によみがえる。

晴天の下、芝生に広げたレジャーシートに座って楽しくお弁当を食べたこと。

おっかなびっくりぎこちない手つきで、錫也くんが公園のウサギを撫でていたこと。

地面の石につまずいた私を抱きとめ、そのまま手を繋いで歩いたこと。

彼がプレゼントしてくれた素敵なワンピースを着た私を見て「似合ってる」と言ってくれたこと。

お互いにいつもよりはしゃぎながら、おいしいフレンチを楽しんだこと。

月明かりの下、真剣な表情で指輪をくれたこと。
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