蜜月は始まらない
玄関の方から物音が聞こえて、ぼんやりと意識が浮上する。

ああ、私、あのままソファで寝ちゃってたんだ。

自覚しながらも起き上がることがひどく億劫で、瞑目して横たわったまま動かずにいた。

足音が近づき、リビングに人の気配が入ってきたけれど、それでも私は目を開けない。

その気配が……やがて自分のすぐそばまでやって来たのが、わかっていても。



「……華乃?」



小さく降ってきた声は、まどろみに落ちる前、早く顔が見たいと願った人のものだ。

まぶたを下ろして狸寝入りしたまま、無意識に口もとが緩む。

錫也くんが、傍らに屈み込んだ気配がした。



「……つけてくれてたんだな」



さっきよりもずっと近くで、ささやく声が聞こえる。

そうだ、もらった指輪……いつもこっそり愛でるはずが、彼が帰るより先に外すのを忘れてしまっていた。

静かに深い呼吸を繰り返し、なおも私が寝たフリを続けると、不意に自分の肩と膝の裏に腕を通された。

驚きに目を開けてしまいそうになったけど、なんとか反応せずに済む。

そのまま私は、たくましい彼の腕に軽々と抱き上げられてしまった。

ソファから身体が離れたと同時に、パサリと床に何かが落ちる音がする。

錫也くんが首を動かしてそれを確認したのが、振動で伝わった。
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