蜜月は始まらない
そうして迎えた見合い当日──俺は直前までの強気はどこへやら、内心の焦燥感を悟られないようポーカーフェイスを装いながら、料亭の庭園を歩いていた。

手を伸ばせばすぐ届く距離には、あんなにも焦がれていた彼女がいる。

眩暈がするほどうれしいはずなのに、それと同じくらい、俺は今さら不安に駆られていた。

当然といえば当然だが、彼女がこの見合いに乗り気ではないことは、座敷で会ってすぐに感づく。

しかも、最初に目が合った瞬間逸らされた。アレは地味に精神力を抉られた。

母親たちに放り出される形で今は一緒に庭園を散歩しているが、どう話を切り出そうか。

意を決し、斜め後ろを歩く彼女を振り返る。



『悪い。歩きにくいよな、その格好』

『え……あ、うん、まあ……でも、大丈夫だよ』



突然話しかけた俺にビクっと反応しつつも、こちらと同じように足を止めて首を横に振る。

あでやかな朱色の振袖は、彼女にとてもよく似合っていた。

記憶の中では長かった髪は短く切りそろえられていて、風が吹くとさらさら揺れる。

昔よりずっと、大人っぽく、綺麗になった。
この変化を真近で見ることが叶わなかった、自分と彼女の関係性が腹立たしい。

今度は並んで歩きながら、他愛ない話をする。

やはり、彼女の纏う空気は心地良い。

一緒にいると、心が安らいで……けれども今は、同時にこの距離感がもどかしくもあった。
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