おはようからおやすみを笑顔で。



体調は二日程ですっかり落ち着いて、仕事も一日休んだだけで済んだ。


けれど私は今、冷や汗をかきそうになりながら、激しく脈打つ動機と戦っている。

これは具合が悪いからではなく、目の前に〝この人〟がいるからだ。


「沙耶ちゃん! 斉野さんから聞いたんだけど、体調崩してたんだって? 大丈夫?」


仕事終わりに家の近くの本屋に寄ったら、当然のように現れた彼ーー白井さん。

家が近いということだから、偶然会うことも珍しくはないのだろうけれど、先日会ったばかりなのに、またかって思ってしまった。


「そんな露骨に嫌そうな顔しないでよ」

彼にそう指摘され、私は慌てて表情を引き締めた。どうやら無意識に変な顔をしていたらしい。


「……白井さんもお仕事帰りですか?」

そう尋ねると、彼は笑顔で「いや、今日は非番!」と答える。そう言われれば確かに、今日はスーツではなくラフな私服姿だ。
……それにしても、斉野くんは子どもを欲しがってないだなんて酷い嘘を吐いてきた人とは思えないくらい、屈託のない笑顔だ。反省してないってことかな? そうだとしたらこの人、少し怖いな。


「そう言えば斉野さんから聞いたよ。沙耶さん、妊娠はしてなかったんだよね」

まさか、こんなにも突然この話題が出てくるとは思わなかったから、ついあからさまに驚いてしまった。


「……わ、私も斉野くんから聞きました。斉野くんが子どもを欲しくないだなんて、真っ赤な嘘だったそうですね?」
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