名取くん、気付いてないんですか?


 放課後、教室に残って勉強をするわたしたちは……。



「わからないでござる」


「わからん」


「わかりません」



 窮地に追い込まれていた。


 なぜだかわからないけど、いつの間にかわたしまで教えてもらう側に参戦してたよね。


 世界史とか、意味わかんないよね、うん。


 でも、苦手分野がバラバラだったおかげで、なんとかうまく教えあえている。全然わからないけど。


 わたしたちがわからないと言うたびに相澤くんは沸き上がる怒りを抑えて教えてくれた。常に笑顔は崩さなかったけど、あっ、今怒ってるなっていうのはすぐわかる。


 そして何よりも悔しいのは、いつも安定した点数を取るリサちゃんと名取くんは少し離れた所で二人だけで教えあっているということだ。


 う、うらやましい! わたしがもっと頭が良ければ! ただでさえ最近はあまり名取くんと話せてないのに……!


 挨拶は、したら返してくれるんだけど……。なんかわたし、避けられてる気がする。


 ……なんでかな、わたし、何か嫌なことでもしたっけ。


 体育大会が終わった辺りからだよね。でも、あのときはデートの後だったから気まずかっただけで……普通に、話せてたよね?



「あの、ちょっと休憩しない? わたし、みんなの分の飲み物買ってくるよ!」



 悶々と考えてしまったせいで、集中できなくなってしまった。


 わたしは席を立って、鞄から財布を取り出す。



「おー、ありがと。じゃあ俺コーラ」


「拙者も同じの!」


「ありがとう、朝霧さん。でも二人にはパックの飲み物がいいかな。ね、ストローだったら飲みながら勉強できるもんね」


「「ええーっ!?」」



 葵ちゃんと和久津くんに休憩はないみたいだ。なるほど、パックにしてあげよう。


 でも相澤くんの注文はレモンティーだった。パックじゃなかった。


 わたしは知らない振りをしてリサちゃんたちの元へ近付く。後ろでは抗議の声が鳴り響いている。



「あ、みっちゃん、私も行くよ~」


「リサちゃんは骨折治ったばっかりだからダメ!」


「え~」



 悔しそうに唇を尖らすリサちゃん。


 そう、先日、リサちゃんの足のギプスは取れた。だけど、まだ感触が残っているのか歩き辛そうで、少し足下がおぼつかない。


 手伝ってくれようとするのはありがたいんだけどね。


 そしてリサちゃんはしぶしぶ要望を答えると、すねたように教科書へ向き直った。


 次は……名取くん。



「名取くんは?」


「……えっ!? あっ、いやっ……えーと、お、お茶でいいかな。あっ、後でお金、わ、渡すね」



 明らかに挙動不審だ……。


 順番的に次は自分だとわかるはずなのに、動揺しすぎじゃないかな……ちょっと傷付く。


 悔しいから、ちょっと意地悪しちゃおうかなぁ。



「名取くん、付いてきてくれない?」


「え……お、俺? いや……あ……そ、そうだよね。ひとりじゃ持てないよね。うん……わかった」



 嫌そうだなぁ。逆効果だったかも。


 名取くんの優しさを利用してるみたいで、良心が痛む。名取くんが嫌だって言わない人だと知っている自分がいることが、少し怖い。


 でも、このまま理由もわからずに避けられ続ける方が、嫌われるより嫌だって思うから。

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