戦乱恋譚


それは、月派十三代目当主、綾人だった。とっさに身構える私と虎太くん。しかし、綾人はいつもと様子が違う。


「警戒するな。今日は顕現録を狙って来たわけじゃない。…俺は、お前と話をしに……」


(え…?)


と、彼がそこまで言いかけた瞬間。綾人は、くしゅん!と、くしゃみをした。

本当に丸腰で来たような彼に目を丸くした私は、伊織のために持ってきた傘を彼に渡さざるを得なかった。


**


「…この前は、すまない。佐助を庇ってくれたあんたに、礼を言っていなかった。」


近くの神社に向かった私たちは、軒下に身を寄せて並んだ。

そう切り出した彼に、私はおずおずと尋ねる。


「…まさか、それをいうために陽派の領地に?」


「あぁ。会って話そうと思ったんだが、よく考えれば、月派の俺が屋敷に入れるわけがなくてな。…どうしようか悩んでいたときに雨に降られて…丁度あんたが通りかかってくれたんだ。」


この人は、天然なのか。月派の当主である綾人が、陽派の本拠地である神城家に来たら、間違いなく使用人たちに門前払いされるだろう。

いつものような敵を睨み殺す冷たい瞳をしていない“素”の彼は、幼馴染みというだけあって、少し伊織に雰囲気が似ているようだ。

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