Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

 「始業時間です。ミーティングを始めましょう。」

 柔らかなバリトンボイスに顔を上げると、上司の雨宮一彰が立っていた。

 彼は早番メンバー全員の注目が集まったところで、今日の業務分担の説明やイベントの時間など説明し始めた。

 「雨宮さん、今日も素敵ね。」

 美香が千紗子の耳元に口を寄せて呟く。

 「今日も朝から目の保養が出来たわね。頑張ろう。」

 続けて小声で言った彼女に、千紗子はコクリと頭を縦に振った。

 
 雨宮一彰、二十九歳。

 その若さにして図書館員の中で課長という役職についている。

 スラリとした体格で身長は百八十センチを越えているだろう。
 ほっそりとした輪郭の顔は驚くほど整っていて、こんな綺麗な男性が図書館にいるのか、と利用者に驚かれることが常だ。

 シルバーの細いフレームの眼鏡。その奥にある二重で切れ長な瞳は知的な印象だが、ほんの少し下に下がっているだけで、柔らかな雰囲気を醸し出している。
 少し長めの黒髪は、いつもきっちりとサイドに流されていて、ビジネスマンそのものだ。

 ビジネススーツをかっちりと着こなして仕事に向かうその姿は、大企業の社長秘書と言ってもおかしくない。胸元に図書館の名札が付いていなければ、誰も図書館員とは気付かないだろう。

 美香が「素敵」と呟いたのも納得できるほど彼の容姿は整っていて、その存在は密かに図書館職員だけでなく、すぐ側の市役所や保健センターの職員、更には図書館利用者の間でも人気を集めているのだ。

 (噂では利用者さんに告白されたことは一度や二度ではないとか…。)
 
 そんな素敵な雨宮だけれど、浮いた噂は聞かず、毎日真面目に仕事に取り組んでいて、部下への指導も丁寧で分りやすい。職務に真摯な上司、というのが雨宮に対する千紗子の印象だ。

 いくら素敵な男性だとしても、雨宮は千紗子にとってはただの上司。
 仕事のことで話すことはあるけれど、プライベートの雑談なんかはほとんどしたことがなく、仕事から離れた会話と言ったら、最近読んだ本のことくらい。それだって、仕事柄まったくのプライベートとはいえないだろう。

 なんにせよ、千紗子にとっては裕也が一番で、雨宮は職場の上司以外の何者でもなかった。

 その耳に心地良いバリトンボイスは素敵だな、とは思うけれど。

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