Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
 
 簡単な朝食を済ませた後、千紗子は準備を整えて雨宮に挨拶をしてから出勤しようと、雨宮がいる書斎のドアをノックした。

 「どうぞ。」

 中から声が聞こえたので、千紗子は遠慮気味にドアを開けた。

 「千紗子、もう用意は出来たのか?早番の時間より大分早いな。」

 扉の向こうの雨宮は既にスーツ姿で、腕時計を嵌めながら千紗子の方を見た。

 白いワイシャツに、紺地にシルバーの細いストライプが入ったネクタイ。光沢のあるダークネービーのスラックスは、スラリと伸びた長い脚を引き立たせている。
 掛けているシルバーフレームの眼鏡は、いつも職場で見るものだ。

 雨宮は腕時計を付け終えると、ダークネイビーのジャケットを腕に掛ける。
 あれを羽織れば、これまで一緒に仕事をしてきた『雨宮課長』の出来上がりだろう。

 けれど、そんな仕事仕様の雨宮だが、職場で見せる隙の無い姿とは少し違う。
 まだセットされて無い髪型や止まっていない首元のボタン、ゆるんだネクタイ。
 そんなほんのちょっとの隙が、妙な色香を発していて、仕事仕様の姿に成りきる前の雨宮の姿は、千紗子が彼の私生活の中にいることをまざまざと見せつけた。

 千紗子は無意識に彼の姿に見惚れていた。

 黙ったまま入口に立ち尽くしている千紗子を不審に思ったのか、雨宮が千紗子の所までやってきた。

 「千紗子?どうした?具合でも悪いか?」
 
 千紗子の額に雨宮の手が当てられる。
 千紗子の肩がピクリと跳ねた。

 「千紗子?」

 「あ、いえ、なんでもありません。私、もう行きますね。」

 一歩下がると、雨宮の手が千紗子の額から離れた。

 「では、また後ほど。」

 「あっ、待て千紗子。」

 軽く頭を下げて雨宮に背を向けた千紗子の腕を、雨宮はすばやく掴んだ。
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