Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
「俺ももう出る。車で行くから一緒に行こう。」

 「えっ?雨宮さん、確か今日は遅番でしたよね…。」

 今の時刻は八時十分。早番の出勤時間は九時で、千紗子にとってもまだ早いくらいの時間だ。
 けれど、ここから図書館まで歩いてどれくらいの時間がかかるかハッキリとは分からない。その為千紗子は早めに出るつもりでいたのだ。

 「今日は遅番だけど、色々とやっておきたいことがあるからもう少ししたら出ようと思っていたんだ。車で行くなら、千紗子ももう少し遅くてもいいだろう?」

 「でも…」

 雨宮の申し出はありがたい。図書館までは少なく見積もっても徒歩二十分は掛かるだろう。車でだと十分とかからずに着くだろうから、ずいぶん時間短縮になるはずだ。

 けれど千紗子は、そんな有り難い申し出に素直に頷くことが出来ずにいた。

 (もし雨宮さんと一緒に出勤するところを誰かに見られたら…)

 彼の人気度合を考えると、誰かに目撃されることが怖ろしい。

 「有り難いんですが、やっぱり一人で行きます。雨宮さんは後でゆっくり出てください。」

 そう言って離れようとする千紗子の手首が、さっきより強い力で握られた。

 「誰かに見られるのが怖い?」

 「………」

 少し黙った後、首を縦に振る。

 「俺は別に構わないけど。」
 
 じっと黙ったままの千紗子に、雨宮は根負けして「ふ~~~っ」と長い溜息をついた。

 「じゃあ、図書館の近くの人目に付きにくいところで千紗子を降ろすよ。まだ早い時間帯だから他の職員には出会わないとは思うけどな。それならいいか?」

 「……はい。すみません。」

 「じゃあ、少しだけリビングで待ってて。出る準備をしてくるから。」

 足早にパウダールームに向かう雨宮の背中を、千紗子は黙って見送った。
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