Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
「あの彼とは……」
「え?なに?」
裕也の小さな呟きが聞き取りづらくて聞き直した千紗子に、裕也は苦笑を浮かべながら左右に軽く首を振った。
「いや、なんでもない。…あの部屋は千紗が必要な物を持って出てくれてもいいし、そのまま住んでもいい。俺は他に引っ越すよ。」
「私、もう他に部屋を借りたの。今度裕也が居ない時に私の荷物だけ持って出るわね。」
「そうか……分かった。」
寂しげな顔で頷く彼に、千紗子の心も痛む。
「じゃあ俺、もう行くから。千紗子の気持ちをちゃんと聞けて良かった。」
そう言って薄く微笑んだ裕也は、席を立つ。千紗子もつられて腰を上げる。
と、その時。千紗子の後ろにあるガラス張りの壁の向こうに目を遣った裕也の顔が、一瞬歪んだ。
「裕也??」
さっきまで何かを誤魔化すように笑っていた裕也の瞳が、真剣なものになる。そして何かに追われるように早口に言った。
「最後に…これで最後だから、一度だけ抱きしめさせてくれないか?」
そう言った裕也は、千紗子の返事を待たずに彼女の体をギュッと強く抱きしめた。
「ゆっ、ゆうや!?」
彼の腕の中で千紗子は固まる。
嫌悪感は湧いてこないけれど、恋人だった時のように温かくて幸せな気持ちも湧いてこない。
(ああ、やっぱり私……)
この身に馴染んだはずの、その腕の感触と匂い、それすらすごく遠くのものに思えた千紗子は、自分の気持ちが誰に向かっているのかを改めて理解する。
「千紗……千紗子、ごめんな。今までありがとう。」
耳元で呟く裕也の声に、千紗子の胸がきゅうっと切ない音を立てた。
それは長く続いた恋が終わりを告げた音だった。