Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
 (私が嫌じゃなければ…?)

 嫌かどうかと尋ねられて、千紗子は初めてそれに思い到った。

 雨宮に『男女』として触れられたのは昨夜が初めてだ。
 忘我の中、雨宮に抱きしめられた時、千紗子はそれを嫌かどうかなんて考えもしなかった。
 ただ、濁流にのみ込まれまいと必死になって、救いを求めて必死に掴んだようなものだった。

 でも今は違う。

 今こうして再び雨宮の腕の中にいるけれど、千紗子に嫌悪感はない。
 千紗子の心は依然として、裕也の裏切りで受けた痛みと悲しみで満ちていて、気を抜くと目から涙が溢れそうになる。
 けれど、それも雨宮が思いっきり泣かせてくれたお陰なのか、自分を見失うほどの混乱はもうない。
 
 既に正気を取り戻した今の千紗子だけれど、こうして雨宮に触れられるのを嫌悪する気持ちは湧いてこない。
 それどころか、さっきから雨宮に抱きしめられて彼の香りを嗅ぐと、その香りに癒されるような気がしてくる。

 (ゆうべのことがあるからなのかしら…)

 恋人でもない男性に、抱きしめられて口づけられても、抵抗する気すら起きないのはどうしてなのか、必死に考えても千紗子には分からなかった。


 自分の腕の中で、じっと黙って考え込んでいる彼女を見て、雨宮はフッと笑った。

 (こんな時まで真面目なんだな。)

 自分の問いかけに、真剣に答えを探す千紗子の姿が愛おしい。
 
 (『嫌だ』と一言言ってしまえば、これ以上触れられることもないものを。)

 そんな簡単な言葉ですら、安易に告げてしまわない、彼女の不器用さが愛おしかった。

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