天満つる明けの明星を君に【完】
――駿河の件がきちんと済むまでは、雛菊に想いを伝えることはしないと決めていた。

また独りになってしまったと鼻をぐずらせて涙目になった雛菊が可哀想でいじらしく、思い切り抱きしめてあげたいと思ったものの…これ以上雛菊に触れていると自制が利かなくなりそうで、やんわり雛菊の身体を起こした。


「身体が冷える前に寝た方がいい。薬を飲んでから寝…」


「…一緒に寝てくれる?」


「え…それはちょっと…さすがに遠慮します…。僕これでも今いっぱいいっぱいなんだよ」


雛菊は顔を上げた。

天満の柔和でいてあまりにもきれいな美貌が困り顔になっていて、口を開けたり閉じたり――目を泳がせたりして必死に身体を見ないようにしていた。


「駄目…?」


「だーめ。傍に居るから安心して。さ、上がろう」


雛菊を抱き上げて脱衣所で下ろした天満が背を向けると――雛菊が背中に抱き着いてきて、硬直。


背中にあたる胸の感触があまりにもやわらかく、身体に回された腕にそっと触れた。


「雛ちゃん…」


「天満様にくっついてると安心するの。だから…私に触っててほしい」


「分かった。じゃあ手を繋いでてあげるから、離れて下さい…」


しどろもどろになりつつ何故か敬語になった天満から離れた雛菊は、背を向けてくれている天満をずっと見ながら着替えをした。

天満は一度も振り返らず、なんと律儀で真面目で可愛いのだろう、と思った。


「終わった?じゃあ僕も着替えよう」


背を向けたまま天満が湯着を脱いだ。

きっと自分が背を向けてくれるのだろうと信じ切っているのだろうが――


雛菊は背を向けず、天満の細く引き締まった身体を上から下までずっと見ていた。

…牙が疼き、噛みつきたい衝動にかられながら、素直にこの男に抱かれたい、と思った。


「よし、着替え終わったよ。じゃあ行こうか」


最後だけ一瞬後ろを向いて、天満がちょんと背中を突いてくると振り返って手を繋いだ。


きっと天満は駿河と正式に離縁するまで手を出してくることはないだろう。

だからこそ早く駿河を見つけて、決着をつけてほしい。

早く、早く――
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