天満つる明けの明星を君に【完】
翼のある敵を一羽見逃してしまったが、それでいいと思った。

この地は見張られている――そんな話を流布してもらえれば、少しはなりを潜めるかもしれないから。

刀を鞘に収めた天満は、谷底に落とした骸が激流に流されて見えなくなるのを冷めた目で見た後、川の流れがどこへ行きつくか確認するため上空に飛んだ。

どうやらこの先は海らしく、そうなると捜索のしようがない。

ここは一旦戻るべきか、それとも駿河の骸を捜すべきか――迷った挙句、まだ精神状態も心身状態も良くない雛菊が気にかかって、戻ることに決めた。


「怒られるかな…怒られるよね、きっと…」


雛菊は駿河を責めたかっただろう。

父を殺められたこと、暴力を振るわれてきたこと、全ての怒りや憎しみを駿河自身にぶつけたかったかもしれない。

約束を守ることができず肩を落とした天満は鬼陸奥に戻り、昼過ぎに着いて家の玄関の前でどう言い訳をしようか考えていた。


「言い訳なんか男らしくない。ちゃんと謝ろう」


戸に手をかけた時――勢いよく内側から引き戸が引かれて呆気に取られていると、雛菊が抱き着いてきた。


「天満様…!怪我は!?怪我はない!?」


「あ、うん、怪我はないよ。雛ちゃんこそ大丈夫だった?誰も来なかった?身体の調子はどう?」


顔を上げた雛菊の顔色は蒼白で、心配してくれていたのだと思うと少し嬉しくなってしまった天満は、なんとか表情を引き締めつつ勢いよくぺこりと頭を下げた。


「雛ちゃんごめん!若旦那を討ち漏らしたんだ。怪我は負わせたけど谷底に落ちちゃって…」


「そんなことはいいの!無事で良かった…。私心配でずっと眠れなくて…」


雛菊が興奮していたため、後でちゃんと説明しなければと思いながら、ゆっくり身体を離した。


「とりあえずお腹空いたから、ご飯下さい」


お腹を押さえて主張すると、雛菊がようやく笑った。


「うん、すぐ準備するね」


手を繋いで家に上がり、ようやく一息ついた。

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