天満つる明けの明星を君に【完】
雛菊は早くに嫁入りし、天満は引っ込み思案な性格が災いして、ふたりとも色恋に関しては無知で恋の駆け引きなどしたことはなかった。

だが朔は日頃よく読書をするし、百鬼たちと話をする中で様々な色恋の話を聞いたり、実際駆け引きを体験したりで、引き出しは沢山持っていた。

妙な沈黙を作ったことで雛菊があからさまにおろおろすると、朔は声もかけずにただ庭を見つめていた。


「朔兄、母様の手伝いをして来ます。早く寝て下さいね」


「ん」


天満が居間を去ると、雛菊はその機会を逃さず勇気を振り絞って縁側に居た朔の隣に座った。

…正直言ってこんなきれいな男の傍に座るのは恐れ多いし、胸が詰まってしまって言葉が出て来なくなる。

口を開けたり閉じたりしていると、朔が無邪気ににこっと笑ったため、つい見惚れて言葉を失ってしまった。


「天満のことで何か言いたいことでもあるのか?」


「え!?い、いいえ…何も…。あの、主さま…本当に本当に、ありがとうございます。私の白紙の文で気付いて下さったんですよね?」


「文を貰ってからすぐ探りを入れた。天満は役に立っただろう?」


「役に立つどころか…天満様が居なければ私、今頃どうなっていたことか…」


「間一髪だったな。鬼陸奥へ行ったことで天満も少し変わった。後はお前が宿屋を再開させて落ち着いたら、こっちに戻って来てもらおうと思う」


――戻さないで下さい、と言いかけて、そんなことを言う権利が自分にあるのかと思い直して口を噤んだ。

…口では好きだと言いつつも、触れられるとまた拒絶反応が起きそうで、自分も――そしてきっと天満も怖いはずだ。


「そう…ですか…」


「女と軽快に話してるのもはじめて見たことだし、家に惚れた女を連れてくるのも時間の問題かもしれないな」


「…」


――天満は朔に何も言っていないのだろうか?

それは何故?

気持ちが冷めてしまったから?


「…私、少し町を散歩してきますね」


やりきれなくなって、屋敷を飛び出した。
< 162 / 292 >

この作品をシェア

pagetop