天満つる明けの明星を君に【完】
夕餉の準備をと思い台所に立つと、そこももう自分の居場所だと感じた。

今までは朔たちの厚意によって食材などを調達してもらっていたが――ここでちゃんと腰を下ろして暮らすには、自分たちで畑を耕して作物を作るのもいいかもしれないと思った。


「…と思うんだけど、どう?」


「ん、いいと思うけどさすがに経験ないから、やり方を学ぶところから始めないとね」


朔同様本の虫な天満は早速農耕についての本を探さなくてはと思いつつ、大根を切っている雛菊を見下ろしていた。

ちょうどいい感じにうなじが見えていて、そろりと後退りをして呟きながら自室に向かった。


「危ない危ない…」


鬼陸奥はすっかり雪に覆われていて、庭や屋根の上は大変なことになっていた。

頭を冷やすためにも庭に出た天満は料理ができるまでずっと無心で雪かきをしていたのだが――雛菊が屋根を見上げて声をかけてきた。


「天満様、ご飯できましたー」


「ありがとう、すぐ行くよ」


夜も更けて来て居間へ行くと、部屋には大きな火鉢があってかなり温かくて、息をついた。


「あったかいね。ご飯も美味しそう」


「炊き込みご飯にしてみました。食べよ」


――無意識に、じっと雛菊を見ていた。

喉が渇いたような感覚というか…牙がやたらと疼いて、何かに噛みつきたい衝動に実はずっと駆られていた。

あまり経験のない感覚にもぞもぞしていたのだが、さすがに雛菊にばれていて、ご飯を頬張りながら訊かれた。


「ねえ天満様、ちょっと様子がおかしいけど体調でも悪いの?」


「え?ち、違うよ。ちょっとその…いや、いいんだ気にしないで」


「気にしないでって言われても…」


…天満自身、気付いていた。

幽玄町の屋敷ではじめて雛菊を抱いてからずっと――またこの腕に抱いて愛したいとずっと思っていたことを。

月のものが来てそれは仕方ないと過ごしてきたが…今は違う。


「ええと…どう言ったらいいのかな…」


どう誘えばいいのか?

経験値の全くない天満はものすごく悩み、焦っていた。
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