天満つる明けの明星を君に【完】
まさに水も滴るいい男――

風呂から上がって来た朔と雪男は輝きが増していて、雛菊はまともに顔を見ることができないでいた。


「俺のために水風呂もあってびっくりしたんだけど。お前、気が利く奴だったんだなあ」


「僕は超我が儘で破天荒な兄ふたりを持ってるから用意とか事後処理とか得意なんだ。はい、一献どうぞ」


固まって動けない雛菊の代わりにふたりの盃に酒を注いだ天満は、今度は朔に酒を注がれて皆で同時にくいっと飲んだ。


「で、朔兄、何か収穫ありました?」


「駿河の件は何も得られなかった。だがお前の噂を聞いたぞ」


「え?僕?」


「一匹見逃したと言ったな?どうやらそいつが吹聴して回っているらしい。‟夜叉を見た”と方々で語っているようだ」


「はは…夜叉…まあ鬼は鬼ですけどね…」


確かにあの時――駿河を追い詰めたあの局面は、血が沸騰しそうなほど熱かった。

身体が軽くて刀の重たさも感じず、頭は空っぽになって自在に動いた。

気が付けば骸の山ができていたのだが…実の所あまり記憶には残っていない。


「本来我が家は夜叉に関連するものも残されているからあながち否定もできないな。ここが繁盛しているのも、その夜叉が関わっているのも関係していると思うぞ」


「いやあ、噂に尾びれ背びれがつきそうで怖いなあ」


「今度真剣にやり合おう。夜叉の実力試させてもらう」


はははと乾いた苦笑を浮かべた天満は、まだ固まっている雛菊の肘をつんつん突きまくった。

それではっと我に返った雛菊は、唇を尖らせている天満を見て思わず本人の前で本音を吐露。


「だって仕方ないでしょ!?きれいな殿方が三人も居て顔も上げられないし見れないし話せないよ!」


「良かった、僕も数に入ってた」


朔と雪男が無邪気な笑顔で吹き出すと、とうとう雛菊は両手で顔を覆って突っ伏した。


「私のことはどうぞ放っておいて下さい!」


「面白いな。俄然からかいたくなってきた」


「駄目ですよ朔兄。僕のですから」


笑顔と笑い声に包まれた。
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