天満つる明けの明星を君に【完】
宿屋の最上階は本来駿河一家の住居だったが、雛菊はあの時のことを思い出すのか、そこには住みたくないと言って従業員たちの休憩室にしてしまった。

それについて天満も異論はなく、彼らがゆっくり休めるように快適な空間を作ったため、評判はとても良かった。


「ふう、疲れた…」


「うん、やっと一日が終わったね。天満さん、お疲れ様でした」


「雛ちゃんこそお疲れ様」


明け方、朔たちはまだ戻って来ていなかったが、天満は部屋に上がり込んで雛菊と共に畳に倒れ込んだ。

新調した畳から香るい草の匂いが心地よく、雛菊と反省会を開こうと思っていたのに目を閉じるといつの間にかふたりして寝入ってしまい、気付いた時には誰かに布団をかけられて、がばっと飛び起きた。


「あれ!?寝ちゃってた…」


「起こしてしまったか。よく寝ていたな」


「朔兄!ああ大変だ、お風呂の準備と朝餉の準備をしないと…」


「いや、ゆっくりでいい。とりあえず酒さえあれば」


戻って来た朔は相変わらず返り血の一滴も浴びておらず、愛刀の天叢雲にも一点の曇りもなかった。

だが血の匂いは濃厚で、天満は朔の肩をがしっと掴むと唇が触れ合いそうな距離まで顔を近付けて叱った。


「お風呂に入って来たら酒を用意します。朔兄は穢れを落として来て下さい。風呂は貸し切りにしておきますから」


「ん、分かった」


時々有無を言わさぬ迫力を見せる天満に苦笑した朔がけらけら笑っている雪男と部屋を出ると、雛菊が酒の準備をするため飛び出して行った。


「収穫はあったのかな」


ひとつ欠伸をして天満も部屋を出た。
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