天満つる明けの明星を君に【完】
「天満、いいですか?」


そうやってじっとしているうちに、庭に通じる縁側から声をかける者が居た。

そのやわらかい口調と声色にすぐ誰だか分かった天満は、声を出そうとしたものの、ひゅうっと喉から音が鳴っただけで動揺していると、静かに障子が開いた。


「眠れないのではと思って寝酒を持って来ましたよ」


部屋に入って来たのは次兄の輝夜で、女と見紛うかのように中性的なやわらかい美貌にふわっと笑みが上ると、天満は盃を受け取って一気に呷った。


「ふう…気を遣ってもらってすみません」


「いえいえ、お前の様子がおかしいと芙蓉さんから聞いていたので。聞くというよりは…分かっていたんですけどね」


――輝夜には未来を見通す不思議な力がある。

その力で末妹の朧(おぼろ)や朔が助けられてきて、凶事の際には必ず手を差し伸べてくれた輝夜に気を遣われて天満は肩を落とした。


「最近忘れていたんですけど、なんだか急に雛ちゃんのことを思い出しちゃって」


「もし暁の世話でお前の心の傷が剥き出しになってしまっているのなら、私から兄さんに話し…」


「いえ!それは大丈夫です。お世話させて下さい。僕、それ位しかお役に立てないから」


輝夜はきょとんとした。

それも圧倒的きょとんで、もともと穏やかな目元がさらに下がってぷっと吹き出した輝夜は、部屋の隅に無造作に立てかけてある二本の刀を指した。


「お前は我が家初の二刀流。血の気の多さは兄弟随一ですよ。料理もできれば子守もできて腕も立つ…役に立ちすぎて手離せないのは兄さんの方ですからね」


「ふふ、頑張ります」


…天満が‟雛ちゃん”と呼んでいるのは、雛菊(ひなぎく)という名の天満の妻だ。

もうずっと前に亡くした妻子を思って今も独り身でいる天満の肩を抱いた輝夜は、弟の髪をくしゃくしゃかき混ぜてにこっと笑った。


「さあ、少し眠りなさい。私がついていてあげますから」


そう言われて横になると、赤子をあやすように布団を被った上からぽんぽんと優しく叩かれて和んでいるうちに、眠ってしまった。
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