天満つる明けの明星を君に【完】
住人たちが起き出さないうちに人里を飛び立った天満は、抱きかかえている雛菊に目の下をちょんと突かれた。


「もしかして寝てない?」


「…いや?ちょっとは寝たよ。それより落ちないようにね」


本当は一睡もできなかったのだが、こんなにやましい思いを抱いていては、朔の信用を裏切ってしまう。

それだけは絶対に避けなくてはならない。

あの兄を支えるために自分は鬼陸奥に来たのだから。


「一旦宿屋に送り届けるけど、何かあったら僕に報告してね。例えば姑さんに意地悪されたり、若旦那に暴力を振るわれたり…」


「私は大丈夫だよ。天満様が私に逃げ道を沢山作ってくれたから…だから大丈夫」


雛菊は俯かなかった。

俯きがちで表情が曇りがちな雛菊が少し強くなった気がしてほっとした天満は、最速で空を行って鬼陸奥に着くと、真っ直ぐ繁華街を目指して宿屋の暖簾を潜った。


知らせを受けて飛び出てきた駿河は、目を血走らせて雛菊の肩を抱くと、あちこち調べ始めた。


「雛菊、怪我は…」


「怪我なんてしてません。旦那様、心配をかけてすみませんでした。すぐお手伝いをしますね」


「ああ、帳簿をお願いするよ」


雛菊がその場を離れると、駿河は少し胡乱げな目つきで天満を見定めるようにじろじろ見つめた。

疑われていることは最初から分かっていた天満は動じることなく駿河を見返した。


「言いたいことがあるなら言った方がいい。なんですか?」


「…雛菊は私の妻ですので」


「重々承知です。まさか僕と雛菊さんの仲を疑っているんですか?」


「……」


沈黙が流れると、駿河の母――つまり雛菊の姑が飛び出てきてふたりの間に割って入った。


「そ、そんなことはございません!駿河!お前もちゃんと謝りなさい!」


――なにぶん鬼頭家は妖を統べる一族。

反感を買っては今後どんな仕打ちをされるか計り知れず、姑はただただ謝り続けたが、駿河はぴくりとも動かなかった。


「駿河!」


「疑われていることは承知していますが、僕も兄に任されている仕事があるので雛菊さんを頼っています。そこをお忘れなく」


「もちろんですとも!」


姑が叫ぶように言うと、天満は踵を返して宿屋を出た。

…少しの罪悪感はあったが、雛菊を不幸にする者は許せない。

振り返ることなく宿屋を出て、何もされないことを願って家路についた。
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