三途の川のお茶屋さん
「……おい女、船が行ってしまったではないか」
女は遠ざかる船を見つめ、ホッと小さく息を吐いた。
しかし、行ってしまったものは仕方ない。
とは言え、いつまでもここに留まらせる訳にもいかん。なんとか説得し、明日の船に乗せなければ……。
一人、明日の船に女を乗せる算段をしていると、そっと袖を引かれた。
見れば、涙を溜めた女が真摯な目で俺を見上げていた。
「私、川は渡りません。ここで悟志さんを待ちます。最期に一目、会わずには逝けません」
女の目に、何物にも揺るがぬ芯を感じる。目に光る物を溜めながら、凛と言い募る女。
ぞくりと心が波立った。
女は、俺の心の奥底、深いところを揺さぶった。
俺は波立つ心を落ち着かせるように、ひとつ大きく息を吐く。
行き詰った状況を打開するべく、本来は不出の閻魔帳を呼び寄せた。
「ここで待ってたってその男が来るのは、あと三十年も先だぞ?」
女の待つ、悟志という男の寿命を確認して告げた。
三十年という時は、長い。これで、考えを改めてくれまいか。