春待ち
「タクシー使おう」
言うより先に、僕の腕は柔らかい女の手に掴まれていた。僕は特に反抗もせず、恵に続いて待ちぼうけのタクシーに乗り込んだ。
「スーツ、濡れちゃ困るでしょ? あっ、少し濡れちゃったね」
えっと、と言ってハンカチを取り出すと僕の肩の水滴を掃った。
「どちらまで?」
しゃがれた男の声が二人に尋ねた。
「まずあなたの家ね、どこ?」
僕は座席越しの男に行き先を告げた。えっ、と恵が声を上げたのを聞き逃さなかった。雨粒が車の屋根を打ち付ける音を聞きながら、タクシーはゆっくりと走り出した。

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