千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
好いた男に身体を触られてどうとも思わない女など居ないだろう。

その手つきは優しく、最初は緊張していたもののその気持ち良さに徐々に力を抜いて行った美月は、上目遣いにちらちら良夜を盗み見ていた。


「なんだ?」


「その…あのように苛烈な戦いをしたのですから怪我をしているのではないかと…」


「怪我はないが、乱青龍に飲まれた時腹の中がものすごく熱かったから火傷くらいはしているかもな」


「!?ちょっと見せて下さい!」


がばっと飛び起きた美月は、良夜の浴衣の胸元に手を入れて思いきりはだけさせた。

唖然としている良夜を無視して背中まで見分した後どこにも火傷の痕がないことにほっとしていると、良夜が吹き出して我に返った。


「一瞬襲われるかと思った」


「ばっ、馬鹿なことを言わないで下さい!女から襲うなんて…恥ずか…しい………」


――きいん、と頭が痛んだ。

頭痛を覚えて額を押さえると、良夜が腕をやわらかく掴んで引き寄せた。


「どうした?」


「いえ、また何か…見たことのない光景が…」


目を見開いて瞬きもせず固まっている美月を抱き寄せた良夜は、もしかしたら美月もまた天叢雲が言ったように自身で記憶に蓋をしているのではと思い、額にあてていた手を外すと、自らの額をこつんとあてた。


「俺にも見せてくれ」


不安なのか反発はなく、一緒に目を閉じて意識を集中させると――ふたり同時に同じ光景が見えてきた。


『黎…お願い、もう会いに来ないで』


『何故だ…?どうしてそんなことを…!?』


『だから黎…今夜だけは私を抱いて。そして私はこの夜のことを千一夜…お主を想うわ。…私の主さま』


…あれは神羅だ。

もう会わないと告げられて唇が切れそうなほど食いしばっている黎を押し倒しながらも、神羅の美しい美貌はどこか喜びに満ちていた。

今だけは独占できる、という喜びに満ちていた。


「主…さま…?」


夢現のような状態で美月が呟き、黎と神羅が縺れ合うように肌を重ね合う光景がとても哀しくて、愛しくて――涙が出た。


主さま――

百鬼夜行の主は通称主さまと呼ばれる。

もしかして――

そう思ったと同時にその光景は途切れて、良夜たちを茫然とさせた。
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