千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
黎の両親は、神羅と会ったのはたったの一度きりだった。

訃報を知ってすぐ駆けつけようとしたものの黎はそれを固辞して喪に服したいと言った。

そして孫を失った時も黎は頑なに固辞して幽玄町に寄せ付けなかった。


「お前の悲嘆は想像を絶するものだったろうな」


「…澪が居てくれたから、なんとか耐えられた。明日早朝息子もここに来る」


黎の両親は家が途絶えなかったことに安堵しつつも、澪と定期的に文のやりとりを行っていて、黎が日毎苦しんでいることを知っていた。

…平等に愛してやれるのはとても難しい。

黎が神羅を深く愛していたことは誰もが知るところだった。


「…黎明よ、今だから言うが、俺は神羅が人であることを知っていた」


「!…いつから…」


「最初からだな。お前は自らの匂いで人の匂いを打ち消そうとしていたようだったが、俺を甘く見てはいけない。短い生の者を愛した故にお前は苦しんだのだな」


黎は澪と共に両親の歓迎を受けながらはにかんだ。

…神羅の命日、隠居、そして自らの生を綴った物語を書いたことで精神的な負担は今までの半分以下になっていた。


「俺が人を妻に選んだことを受け入れてくれたことに感謝する。…ありがとう」


「すでに子も産まれていたことだし、反対などできるものか。俺は澪殿とのやりとりで大体のことは知っているんだ。献身的な妻に感謝しろ」


文のやりとりをしていたことは知っていたが、いつの間にそんなことまで――と隣の澪をちらりと見ると、澪はぺろっと舌を出して黎の腕に抱き着いた。


「だって黎さん絶対話さないでしょ?私は神羅ちゃんとお友達でもあったんだし、お義父様たちも真実を知りたいと思って…。でしゃばりだった?」


黎は澪の長い髪を撫でて小さく笑った。

神羅が人であることを隠していた分、澪がそうやって気を回してあちこちに連絡を取ってくれていたことが嬉しかった。


「いや、助かった。親父、後でいいから今後の百鬼夜行のことについて話したい」


「いいだろう、酒でも飲みながら話そう」


…すでに手に盃を持っていた父はからから笑い、黎が想像以上に元気だったことを喜び、黎の肩を抱いて目を細めた。
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