千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
美人だのいい女だのと言われること自体は慣れっこで、なんとも思っていなかった。

だが良夜にいい女と言われると悪い気はせず、さっきまでさっさと居なくなってほしかったのに、洗い物を終えるとつい熱い茶を出してしまって咳ばらいをした。


「それを飲んだら出て行って下さいね。境内を掃いたり祈りを捧げたりで忙しいので」


「祈りって何にだ?祭壇はあれど俺たち妖には拝む対象など居ない。種族ごとにそれぞれ土着信仰はあるが」


「祈ることに意味があるのです。それよりお主は次期当主のはずですが…奥方はいらっしゃるのでしょう?」


「奥方なんて居ない。親父たちからは早く嫁を貰えとせっつかれてはいるが」


ぐいっと茶を一気飲みした良夜は、少し上目遣いで様子を窺ってくる美月に身を乗り出して顔を近付けた。


「なんだ、俺のことが気になるか?」


「いいえ?次期当主の奥方にも誠心誠意お仕えせねばと気を引き締めたところでした。私は端役目しか果たせませんが、悩みがあるならばいつでも相談に…」


美月の胸元にさらりと垂れた黒髪があまりにも美しく、触ってみたいという葛藤に襲われた良夜は、黒髪に指を絡めて口元へもっていくと、口付けをして美月を固まらせた。


「俺が当主になれば、お前は俺のものといっても過言じゃない。夜伽を求めたらそれに応えるな?」


「!な、何を馬鹿なことを!私には待っているような、待たせているような方が居ると先程言ったはずです!お主のような女たらしに純潔を捧げるなど有り得ません!」


「ふうん、やっぱり生娘か。良かった、それが訊きたかったんだ」


開いた口が塞がらなくなった美月の表情にしてやったりな良夜は立ち上がって踵を返しつつ、美月に手を挙げた。


「また明日来る。魚を持ってくるから塩焼きにしてくれ」


「もう来ないで下さい!」


ははは、と笑い声を上げながら小さな家を出た。

待っているような待たせているような感覚――

そこに強く共感して、惹かれていくのを感じていた。
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