千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
朝餉を一緒に食べるなんて、家族としかしたことがなかったのに。

何故百鬼夜行の次期当主とこんなことになっているのだろうかと半ば混乱状態の美月は、持ち込んだ魚を焼いて磨った大根を添えて醤油を垂らして差し出すと、骨だけ残してきれいに完食した良夜をじっと見た後箸を置いた。


「では怒りましょうか」


「俺は当主になるんだから好きにする。あと近日中にお前には一旦山を下りてもらう。うちに来て父と母に挨拶しろ」


「…ですからそれはまだ無理です。私は着任したてで町の皆さんにもご挨拶できていませんから」


「町の者に挨拶など必要ない。人と妖は均等な距離を保って暮らしている。挨拶をするなら妖を束ねる俺たち鬼頭の者にしろ」


「私は人とも肩を並べていきたいのです。鬼頭の皆様方にはご挨拶しますが、私の行動にけちはつけないで下さい」


つんと顔を逸らした美月を唇をぺろりと舐めて見つつ箸を置いた良夜は、少し低い声で疑問を問うた。


「何故人に寄り添う?」


「…分かりません。それが私の生き方だと思ったから」


「人に寄り添うのは俺たち一族だ。百鬼夜行を始めた初代の生業を俺たちはずっと続けて……」


――ぼんやりとではあるが、どうやって百鬼夜行が始まったのかは知っていた。

何を思い、誰と出会って妖と対立してまで人を救おうとしたのか――それは当主になった時教えてやると父に言われた。


「…?どうか…しましたか?」


「……神羅…という名を知っているな?」


「!……何故そんなことを訊くのですか?」


ふたりは睨み合うようにして見つめ合った。

知らない名を知っている――ならば…


「では…黎、という名を知っていますね?」


「…知っている」


良夜は膳を脇に避けて、美月に手を差し出した。


「俺たちは…何かを共有しているんだ」


「…私たちは一体…なんなのですか…?」


その手を握ろうとした。

だがその時――外でざわりと妙な気配がして、ふたりは手を止めた。
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