千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
屋敷に戻った良夜は、縁側で刀の手入れをしながらのんびりしている父の前に降り立った。

見たこともない女を連れ帰って来た良夜に思わず眉が上がってしまい、そしてふと思った。


この屋敷に女を連れて来たのはこれがはじめてではないだろうか、と。


「そちらはどなたかな?」


「親父、これが例の相談役だ。ごちゃごちゃ理由を付けて来たがらないから無理矢理連れて来た」


「そうか」


狼の背から女を下ろしてやっている良夜をじっと見ていた。

確かに女遊びは派手にやっていたが、連れ帰って来たことはない。

だがしかし――女を見つめているその眼差しは優しいものであり、そんな顔をするのかと驚きの何物でもなかった父は、おずおずとしつつ目の前で膝を折った女をしげしげと見た。


「美しいな。美しいとは聞いていたが、本当に美しい」


「…恐れ入ります。まだ雑務が多くご挨拶が遅れたことは誠に申し訳なく…」


「うちの息子が足繁く通っているが、ご迷惑をおかけしていないかな?」


「今の所は特に影響は…」


女――美月は、隣で憮然としている良夜と良夜の父の顔を見比べた。

良夜の父は冷淡でいて冷え冷えとした月のような印象があり、先程見た白昼夢に出て来た男とよく似ていた。


「妖全般の相談役とはつまり全ての種族に精通していなければならない。並大抵の努力ではなかっただろう」


「ええ、ですが殿方の好奇の目から逃れられるならば大したことはありません」


良夜とその父が吹き出した。

相変わらず自身が美しいことを否定もしないし、男に好かれることにも興味がない。

むしろそれから逃れるために相談役になったと聞いて、腹を抱えて笑ってしまった。


「親父、面白いだろう?」


「ふむ、俄然興味が湧いたというところだが…俺がそれを言ってしまうと妻たちに詰られるから、お前が言ったということにしておいてくれ。百鬼夜行までまだ間があるから話をしよう」


「ですが雑務がまだ…」


「俺はいわばお前の上役。言い訳は許されんと思え」


酒の用意を、と言って席を立った父を良夜が見送っていると、美月が隣で小さく呟いた。


「さすがお主の父という感じですね…」


「ん、あの親にしてこの子ありとよく言われる」


それは誉め言葉ではないのだけど、と思ったが、敢えて言わないでおいた。
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