君に心を奪われて



次の日。学校があったけど、お母さんが気にして休ませてくれた。まだ病室に足を運ぶ気力は無かった。


呆然と座り、天井ばかりを眺めている。自然と涙が溢れ出てしまうのだ。


「花菜、いつまでそうしてるつもりなの?」


扉の向こう側からお母さんの声が聞こえる。心配してくれているのだろう。こんな弱い私で申し訳ないと思った。


そんな時に玄関でチャイムが鳴った。こんな微妙な真昼の時間に誰が来るのだろうか。お母さんが階段から急いで降りて行く音が私の部屋からでも聞こえた。


「花菜、来て!」


お母さんの声に私はフラフラと玄関へ歩いて行った。


私は玄関に居るその人物を理解するのに時間が掛かった。



「花菜ちゃん、ごめんなさい!」



目の前で深く頭を下げるのは……茜先輩だった。


「私のせいでこんなことになるなんて思ってなかったの。まさか、翼がこんなことになるなんて……」


顔を上げて、なんて言えない。私は本当にこの人が許せないからだ。私を苦しめて、挙げ句の果てに翼を殺すなんて許せるわけがないのだ。


「花菜ちゃんと話がしたいです……」


茜先輩はゆっくりと顔を上げてお母さんを見た。お母さんは笑顔で頷いてしまった。私は血の気が引いていくような変な感覚がした。


「じゃあ、花菜の部屋で話してきていいわ。花菜、最近は翼くんが来てて部屋は片付いているわよね?」


何でそこでそんな話をするの?茜先輩に妬かれてしまうではないか。


「ほら、花菜。案内してあげなさいよ」


お母さんがそう言うので、茜先輩を私の部屋に入れた。茜先輩は物珍しそうに私の部屋を眺めている。


「いいな、自分の部屋があって。私ん家は古いアパートだから無いんだよ」


なんとなくその気持ちは分かった。私も小学校の頃までマンションに住んでいたからだ。


「あのさ、緊張しなくていいよ。ただ話したいだけだから……」


茜先輩はそう言うと目を伏せた。私と同様に今回のことでかなりショックを受けているのだろうか。


「私達、別に幼なじみというわけでもないの。出会ったのは小学校に入る前、家の前で出会ったの。翼は外の世界を物珍しそうに見て、他人を見るとはしゃいでいた。今なら少し変に思えた」


噂で言うところ、茜先輩と翼は生まれた頃からずっと一緒だと聞いている。茜先輩の話とはかなり矛盾していた。噂を当てにしてはいけないが。


「私と翼が保育園から一緒なのは全部嘘。翼のお父さんに頼まれて、翼にデタラメな記憶を話した。本当は嫌だけど、お父さんも変わった人だった」


翼もお父さんが嫌いと言っていたが、翼のお父さんってどんな人なのだろうか。


「その頃の翼はかなり純粋過ぎてアホかと思った。物事一つ一つが彼には珍しい物に見えていたみたい。だからよく分からないの。彼のことが……」


茜先輩は切ない顔をして俯いた。しばらく沈黙が続くと、茜先輩が何かを閃いたかのように立ち上がった。


「花菜ちゃん、一緒に翼の秘密を調べようよ!」


そう言って、茜先輩は私の腕を握って振り回す。


「私、ずっと疑問なんだよ。お父さんに頼まれて翼に忌み子だって言い続けてたの。なぜそう呼ぶのか、気になるの!」


翼が忌み子?どういうことだろうか。疑問に思っていると、茜先輩が笑った。


「よし、病室に行こう。花菜ちゃん」



私は言われるがままに病室に連れて行かれた。





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