限定なひと
「ほら」
 まるで見せつけるみたいに、彼がその小袋を私の目の前に差し出す。ふいに、既視感に囚われた。
 ……あれは確か、まだ私が高校生だった頃で、誰が、いや、私が?
「んふっ!」
 束の間の逡巡を、口いっぱいに広がった甘酸っぱさが遮った。
「俺」
 ぶっきらぼうな彼の声と共に次に訪れたのは、今年流行ると噂のベリー系フレーバーとミントの強烈な清涼感。
「このシリーズ、子供の頃から好きなんですよね」
 彼の指先が、今度は私の腕の中の袋目がけて伸びて来た。びっくりして彼の方を見ると、意外にも笑っている。
 意外と、無邪気な笑顔。
 嬉々としてあめ玉を頬張るその様子に瞠目し、それから私の目尻が自然と下がる。
 なんだろう。さっきの強烈な既視感とはまた違った、とっても懐かしい感じ。
 その時、またしても過去の事がふっと頭を過ぎる。
 それは学生時代のアルバイト。幼児や小学生相手の、書道教室での先生の真似事だ。
 一人っ子で小さい子の扱い方なんて全然分からない私の事を、それでも先生センセイ、と無条件で慕ってくれる子どもたちが、気づけば可愛くてしようがなくなっていた。今にして思えば、あの感情は母性本能と呼ばれるものの類だったのかもしれない。
 という事は。
 私は今、彼に母性本能を擽られている、という事なんだろうか。いやいや、きっとこの飴のせいで、ちょっとノスタルジックになってるだけ、なんて、私は次々と湧き上がってくる感情に思いきり戸惑っていた。
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