限定なひと
 あの後。
 彼は案外早く車に戻って来た。その腕には何故か試供品の袋が抱え込まれていて、シートに身を沈めると同時にそれを私の方へと放るように手渡してきた。
「……あめ?」
 袋を開けると、色とりどりの楽し気な小袋が顔を覗かせる。昔から良く見知ったロゴマーク。少々きつめのミントの清涼感が売りのその飴は『不快リセット』というキャッチコピーでひと昔前、一世を風靡した商品。
 ご多分に漏れず、学生時代の私のポケットにも、常に欠かさず入っていた。それくらい当時の私には、リセットしたい事が常にあった。
 だけど見たことのないパッケージデザインということは、もしかすると新商品かもしれない。
「まだ、どこにもお披露目してないそうですよ」
 何気に声の方へと視線を向けると、そこには既に車内限定の眼鏡の彼が居た。私は慌てふためきながら、袋からあめ玉の小袋を適当に一つ取り出す。焦りでうまく開けられないでいると、横から、しょうがないなとつぶやきが聞こえて、彼は再び黒縁眼鏡を外すと、ダッシュボードへと乱暴にそれを放り投げた。
 すっかりそっちに気を取られていた私の指先から、伸びてよたった小袋を彼が奪っていった。
「あの、あのっ」
 どぎまぎして言葉をうまく繋げない私を後目に、彼の長くて、それでいてちょっと無骨な指が袋の端を丁寧につまんで、そのまま裂いていく。
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