限定なひと

「とにかくっ、あれは事故みたいなものだから、もうこうやって会うのはやめましょう!」
 胸元までシーツを手繰り寄せて言い放つ私を、彼は横になったまま呆れたように見上げていた。
 大半が特大のダブルベッドで占められたその部屋は、まさにそういう行為をするためだけの空間で、窓だって小さなものが申し訳程度に一つポツンとついているだけ。
 そんな空間でわめく私の言葉は、全くもって説得力がない。
「……あー、まぁ、そうなんですかねぇ」
 面倒くさそうにそう言うと、彼は緩慢な動きで上半身をわずかに起こして、ベッドのサイドテーブルに放り出された黒縁眼鏡にのろのろと手を伸ばす。無駄のない筋肉質の腕につい視線が流れそうになるけれど、ぐっとこらえる。
 掠れた笑いが聞こえた。
「見たければ、好きなだけ見ればいいじゃないですか」
 そう言いながら彼は、手の中の黒飴みたいな艶を帯びた眼鏡のテンプルをゆっくり起こすと、それを目元へと宛がう。
「俺は別に、構いませんけどね」
 下から私を見上げて、彼がそう言う。
 あざとい……。
 この人はこうすると自分が恰好よくみえるって、ちゃんと解ってやっている。そして、そんな手にうっかりドギマギしてしまう私を馬鹿にして楽しんでいる。
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