限定なひと

 その日も机の端に附箋が一枚、ぽつんと貼られていた。
 当の本人の姿は見当たらない。いつの間にと思いつつ、私はもそもそとそれに手を伸ばし、入り口横のホワイトボードへと向かう。この、男性社員の予定をホワイトボードに書き込む事も女の子……じゃなくて、女子社員の仕事の一つ。でも中には、メモすら寄こしてくれない人もいるから、こうしてくれるのはありがたい事ではあるんだけれど……。
 『清住』と書かれた枠はかなり上の方。だから私は、心持爪先立ちして腕を伸ばす。すぐ腕にだるさを覚えるほどに彼の位置は、ちびの私には高すぎるし遠すぎる。それはまるで、彼と私の存在価値の距離感そのままだ。
 気を取り直してメモの内容を書き写すけれど、思うように力が入らなくて、どの文字もへろへろしている。でも、それも問題ない。きっとすぐに彼のファンである誰かが、綺麗な文字で丁寧に書きなおしてくれるはずだから。
「ホントいつも思うけど、ホワイトボードだけはきったない字ですね」
 背後から降りかかる毒のある言葉に心臓が跳ね上がった。ギクシャクと振り返ると、眼前に飛び込んできたのは上品なブルーグレー系のクレリックシャツと黒にも近い濃紺のネクタイ。そろそろと視線をあげると、不機嫌を煮詰めたような彼の顰め面に行き当たった。
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