限定なひと

 初めて上がった彼の部屋は、所謂デザイナーズマンションと呼ばれる物で、そういえば少し前に県内初と仰々しく宣伝されていた事を思い出す。
 部屋の中も洗練されていて、壁際にオーディオ類を侍らせた大型のテレビ、それと部屋の中央に座り心地のよさそうなラグと洒落たローテーブル。周囲にはクッションが無造作に転がっていた。開け放たれた隣の部屋には、びっしりと書籍類が詰まった書棚とモニターを三つ並べたライティングデスクが覗き見える。
 部屋の入り口で突っ立っていると、彼がラグの上に転がっていた一際大きなクッションを一つ、手渡してきた。これに座れという事らしい。私は、おずおずとそれを抱えて、ラグのエリアへと向かった。
「別に、俺。怖がらせたり、嫌がらせたりするつもりは、無かったんです」
 当たり前のように私の隣に座った彼が、囁くようにそう言った。普段はすっと伸びた背が、しょんぼり萎れているように見えるのは、気のせいだろうか。
「だいぶ、腫れ引きましたね」
 思わず目をぎゅっと瞑る。彼の長くてしなやかで、それでいて少し無骨な指先が私の瞼をそっと撫でた。それはお互い様だと、眼鏡越しの彼の若干腫れぼったい目を見ながら思ったけれど、私は終始無言で通す。
 頭の中ではもう、結論は出ている。なのに、心が勝手にそれを裏切って、心臓を激しく鳴らして嬉しがっていることに、私は軽く絶望する。
「……いや、やっぱり、嫌がらせです。完全な」
 思わず瞠目する私に、彼は少し気まずそうな顔して視線を手元に落とした。
「狭山峰隆(ホウリュウ)」
 その一言に私が息を飲んだのを知ってか知らずか、彼は俯けた視線のまま二の句を継いだ。
「俺、午後の3時半からだったんです。稽古の時間」
 その言葉に私は僅かに逡巡して、それからぼんやりと思い出す。10代の頃の苦々しくて青臭かったものを。
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