限定なひと

「ねぇ、チルさん。キミって本気でやる気ある?」
 文机に頬杖をついたまま、太いテンプルに宛がった人差し指がトントンと軽くリズムを打つ。目は笑っているけれど、この癖が出てきたという事は、相当苛ついている証拠。
「……別に、好きでやってるわけじゃ、ないですから」
 はぁ、と大げさなため息を吐くと、ハードケースのタバコに手を伸ばし、中指と薬指で器用にそれをはさんで火を付ける。人差し指は、大事な筆をあしらう要の指だから極力汚したくない、という彼なりの理屈。そんな変な持ち方も妙に様になっているからまだいいものの、それならいっそ、タバコ自体を止めてしまえばいいのに。
 私には彼の思考が全然分からない。でもそれゆえに、やはりこの人と私は世界が違うのだと痛感する。痛感するから、余計に頑なな態度をとってしまう。
「僕はね、キミには充分な素地があると思ってる。キミの事買ってるんだけど」
 彼の手が、私へと伸びてくる。
「筆の運びが馬鹿丁寧で、実に基本に忠実だ」
 私の頬にそっと手の甲を添わすと、私の産毛を逆なでる。躰の奥底がぞくりと震えた。
「そのくせ、ここぞって時は大胆不敵にもなる」
 私は、ぎゅっと瞼を閉じた。唯一の拒絶のポーズ。でも、常人ではない理屈で生きている彼には、通用するわけもなく。
「んっ!」
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