しあわせ食堂の異世界ご飯2
 ただ、せっかく来てもらったのに申し訳ないことがひとつ。

「でも、まだ開店してないんです」
「あ、知っています。どうしても噂のハンバーグが食べたくて、並ぶために早く来たんです。開店後、すぐに売り切れてしまうと聞いたもので」
「確かにお昼まで残ることはないですね……」

 話を聞き、それならと普段列ができる場所へ門番を促す。今日はまだ誰も並んでいないが、毎日開店前に行列ができているのだ。
 今は開店の一時間前なので、あと三十分もすれば列ができるだろう。
 門番が開店待ちの列に並ぶと、「アリア」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、やってきたのはリントとローレンツだった。こんな時間に来るなんて、珍しい。

(いつもはお昼か、閉店間際が多いのに)

 朝に来たのは初めてだろう。しかも、開店前だ。

「おはようございます。リントさん、ローレンツさん」
「ああ、おはよう」
「おはようございます」

 アリアが挨拶をすると、リントと一緒に来たローレンツも挨拶を返してくれる。

「おふたりがこの時間に来るのは、初めてですね」
「すぐに売り切れるハンバーグを食べようと思ってな」
「そうだったんですか」

 理由を聞くと、リントも門番と同じでハンバーグが目当てだということを教えてくれた。前に来てくれたときは、売り切れた後だったのだ。
 とはいえ、お店はまだ開店前。
 リントにも並んでもらうことになるのだけれど――いいのかなと、アリアは戸惑う。

(並ばせていい人じゃないよね……)

 実はこのリントという名前は偽名で、その正体はこの国の皇帝なのだ。


 リントこと、リベルト・ジェーロ。
 整った顔立ちに、どこか厳しい青色の瞳。銀色の髪は右の前髪が少しだけ長く、サラサラだ。黒を基調とした軍服を着ているので、お忍びで仕事をしているということがわかる。
 言葉数は少なく、最初は笑顔も見せてはくれなかった。今ではアリアの恋人なのだが……婚約は王城が落ち着くまで保留になっている。
 戦争後で完全に落ち着いていないことと、即位したばかりのリベルトを失脚させたい貴族たちがいるため、その処理がすべて終わってからアリアは迎えに来てもらうことになっている。


 リベルトの側近、ローレンツ。
 長い青みのかかった深紫色の髪を、後ろでひとつにまとめている。普段は穏やかだけれど、仕事のこととなると厳しい一面を見せる。
 後ろ腰には、武器である双剣が交差するかたちで留められている。その腕前はジェーロ随一の実力で、アリアはリントとローレンツに狼から助けてもらったこともあるのだ。


 リントはアリアが考えていることを見透かすように、「そこに並んで待てばいいんだな」と告げる。もちろん、先ほどの門番が並んでいる場所だ。

「でも、リントさんを並ばせるのは……」

 申し訳ない。そう言おうとしたアリアだが、リントから「問題ない」と先手を打たれてしまう。
 今は皇帝としてのリベルトではなく、リントなので気遣いは不要なのだと暗に告げられた。

(確かに今は皇帝じゃないけど……!!)
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