しあわせ食堂の異世界ご飯2
 本格的に冬になり、市場では取り扱われる食品の数が減ってきた。
 ジェーロからさらに北では雪が降っているようで、野菜などは手に入りにくくなっているのだ。南の国から仕入れてはいるけれど、値段は高い。
 幸いなのは、カレーの材料が冬でも問題なく手に入りそうだということだろうか。
 葉野菜ではなく根菜類が多いので、物流が安定していなかったときもすぐ手に入り助かったのだ。

 今日はアリアとシャルルのふたりで、何か珍しい食材があればいいなと思い市場へやって来た。
 加えて、もし安定して購入できるものがあれば新メニューの材料として使うことも考えている。
 人の多い市場を歩いていると、ふいにシャルルが足を止める。
「あれはなんですか? みかん?」
 不思議そうにしているシャルルの視線の先にあったのは、柚子だ。今まで見かけなかったが、収穫できる時期になったのだろう。
 アリアはシャルルに柚子の説明をする。
「あれは柚子っていうの。みかんみたいにそのまま食べることはあまりないけど、お茶にしたり、ジャムにしたり、いろんな調味料に使える万能食材よ。お風呂に入れると、柚子の香りがして心地いいの」
「お風呂に食べ物を入れるんですか!?」
 いったい誰がそんな無謀なことをしたのかと、シャルルは笑う。
 確かに、食べるための食材をお風呂にいれようというのは贅沢な思考だ。
 娯楽があまり多くないこの世界には、そういった食事情なども原因のひとつにあるのかもしれない。
 せっかくだから購入しようと、アリアは柚子の露店へ足を運ぶ。
「アリアさんじゃありませんか。それに、シャルルさんも」
「え?」
 ふいに声をかけられて、アリアとシャルルは驚く。
 声の主を見ると、ローレンツだった。
 けれどリントは一緒じゃないようで、彼一人だけだ。ローレンツが単独行動をしているなんて、珍しい。
「こんにちは、ローレンツさん。今日はおひとりなんですね」
「ええ。リントはここ数日書類に追われて、部屋から一歩も出ていません」
「一歩も……」
 想像以上の激務に、アリアはめまいを感じる。
(そんな忙しいリベルト陛下に、私は謁見を申し込んで我儘を言ってしまったのね)
 過去の自分を殴ってやりたくなってしまう。
 まさかそこまで忙しかったなんて。
 リベルトから事情を聞いているローレンツは苦笑して、東南地区でリントを助けてくれたことの礼を述べた。
「もしもアリアさんたちが通らなかったら、どうなっていたか……。感謝してもしきれません」
「いいえ、気にしないでください。私の方が、いつも助けられているんですから」
 アリアの言葉に、ありがとうとローレンツが微笑む。
 そして話題を切り上げて、その視線が柚子へ向く。
「もしかして、新しい料理ですか?」
 シャルル同様、ローレンツもアリアの新しい料理に興味津々のようだ。
 彼の好みは魚介類なのだが、鮮度や運送費などの問題があるのでしあわせ食堂では扱っていない。
 まだ何を作るかは決めていないけれど、柚子は買って帰ろうと思っている。
「そうです。寒い日に食べる柚子は美味しいですから」
「柚子は、温かい料理になりますか?」
「え? 温かい料理ですか? もちろん、作れますよ」
 投げかけられたローレンツの質問に頷きながら、アリアはどんなものが作れたかなと思いだす。
 基本的に味のアクセントとして添えることが多いけれど、スープ類に入れて柚子をメインにした料理はお気に入りだ。
「たとえば、柚子鍋とか」
「鍋、ですか?」
「お鍋!!」
 アリアの言葉を聞き、聞きなれない言葉にローレンツが首を傾げる。
 それとは反対に、シャルルは嬉しそうに顔を輝かせてはしゃぐ。
 エストレーラでも、寒い日に何回かお鍋をしたことがあり、シャルルはそれを覚えてくれていたのだろう。
 料理内容を知らないローレンツに、シャルルがいかに美味しいか力説しながら説明をする。
「鍋料理は、お鍋の中にスープを入れて、お肉や野菜を煮込んだ料理です。食材のうま味がスープに溶けるので、最後まで美味しい一品なんですよ」
「それは美味しそうですね」
 想像しただけでも、お腹がすいてしまいそうだ。
「実はそこで、アリアさんにお願いがあります」
「私にですか?」
 突然振られた話題に、アリアはいったい何事かと思う。今までローレンツが頼みごとをしてきたことなんて、一度もない。
 しかも今は、リベルトから近づくなと言われている。それなのに、側近であるローレンツがアリアに何かお願いをするのが不思議だった。
(もしかして、個人的なお願いだったりするのかな?)
 別段断るような理由はないので、アリアはすぐに了承の返事をする。
「私でお役に立てることならいいんですけど」
「アリアさんにしか、できない仕事です。内容は――」
「え……」
 ローレンツがアリアとシャルルの耳元で、こっそり耳打ちする。その内容が信じられなくて驚いてしまったが、彼は冗談を言うような人ではない。
 了承したのは早まったかもしれないと思いながら、ローレンツの〝お願い〟に必要な食材を購入するため市場をもう一回りすることになった。
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