水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
水の踊り子が愛する人
*****



「そういえば、帰る方法、全然探してない……!」

 波音が水月の国にやって来て、約二ヶ月が経った。日々に忙殺されるあまり、忘れてしまっていたのだが、波音は元の世界に戻る術を考えも調べもしていない。

 今のところ、手がかりが一切ないということもあるが、こちらでの居心地がよくなってしまったのも理由の一つだ。それほど、毎日が充実していた。

 曲芸団からの給料は、既に二回ももらっている。紫が怪我から復帰したので、波音は綱渡りの演目からは外れることになった。少しの名残惜しさは感じるが、安堵感の方が強い。

 碧は約束通り、紫が復帰するまでの期間は規定の二倍の金額を支払ってくれた。ただし、服や靴を揃えた分は、しっかり天引きされていたが。

 そろそろ碧の家を出て、一人暮らしをしようと試みたのだが、借地代、家賃、家具家電を揃える費用を計算すると、給料二回分では足りなかった。

 よって、波音は今も碧の家に居候させてもらっている。

(なんだかんだ、居着かせてもらって悪いなあ……)

 波音が企画した水中ダンスショーは、現在発注している円柱状の巨大水槽が完成すれば、実演できる段階まできていた。

 演者は、波音と、双子の美海と宇海の三人。今はほぼ毎日、街が運営するプールで彼女たちと水中ダンスの練習をしている。

「はー……風が気持ちいい」

 今日は久しぶりの休みだ。根詰めて働いていたので、波音はリフレッシュも兼ねて、朝食の前に海岸の砂の上を歩いていた。ここは、波音が溺れていたところを助けられた、水明海岸だ。

(碧さんも、ここからこの世界に来たんだよね)

 碧の記憶は未だに戻っていない。本人も無理に思い出そうとはしていないが、波音を見て、たまに懐かしそうに目を細めることがある。

 そういうときは、決まってキスをしてくるのだが、波音もそれを拒めずにいた。
< 114 / 131 >

この作品をシェア

pagetop