水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 初対面の人間に対し、敬語すら使えないライフガードが存在するのか。その顔を拝んでやろうと、波音は再び目を開けた。

 顔の数センチ先で、アクアマリンのように透き通った青色の瞳が二つ、波音の目を覗き込んでいた。波音がその近さに声も出さずに驚いていると、双眸《そうぼう》が細められ、離れていく。ようやく、男の顔の輪郭が判明した。

 切れ長の目に柔らかそうな睫毛《まつげ》。顎はほっそりとしており、中央には筋の通った鼻梁《びりょう》がある。薄い唇は真一文字に閉じられており、適度に短く整えられた漆黒の髪は、水に濡れて額や耳に張りついている。水も滴る美男子――そのものだ。

 彼が泳いで、溺れた波音を助けたのだろう。人魚姫が陸に上がり、憧れの王子様に発見してもらった時、どんな気持ちだったのか。波音は、それが少しだけ分かる。

 もっとも、波音は人魚姫ではないし、彼も恐らく王子様ではないだろう。その上、二人は初対面だ。そこに恋心はない。

(でも……なんだかドキドキする)

 波音の心臓が、中でドラムでも叩いているかのように鳴り始める。しばらく、二人は見つめ合っていた。それは数秒か、数十秒か。時が止まったように感じていた波音だったが、男が沈黙を破ったことで我に返った。
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