水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「そうだったんですか。でも、渚さんからは、碧さんには忘れられない人がいるって聞きましたよ?」
「ああ……ずっと頭に影が引っ掛かってた。俺には、きっと大切な人がいたはずだって。それが、お前が現れた途端に消えたんだ。どういうことだと思う?」
「……さあ?」
「おい。俺をおちょくってるだろ?」
「わっ、くすぐったい! きゃー!」

 仕返しのように脇腹をくすぐられ、波音は笑いながら悲鳴を上げた。碧が何でもかんでも波音に言わせようとするので、直接、碧の言葉で聞きたくて、わざとはぐらかしているのだ。

 ひとしきり波音をくすぐった後、碧は神妙な面持ちになった。何かを気にしている顔だ。

「どうしました?」
「俺がもし、お前が想っている『深水碧』だとして、記憶を取り戻せるとは限らない。本当に俺で良いのか? 元の世界に帰らなくていいのか?」
「安心してください。私、碧兄ちゃんに似ているから碧さんを好きになったんじゃなくて、強引で偉そうで不器用なところも全部含めて、この碧さんが大好きなんです。今更、どうしても帰りたいなんて思いません。碧さんと一緒にいたいから」
「……無理。なんだ、この可愛い生き物……」

 縋り付くようにぎゅっと抱きしめられ、顔を見合わせた後、二人はごくごく自然に唇を重ねた。

 永遠にも感じるような長い時間、舌を絡ませながら互いの唇を味わって、波音は蕩《とろ》けた顔を見せる。

「……結婚するんだし、もう襲っていいよな?」
「んっ……やっ、急にどこ触ってるんですか!」
「言っていいのか?」
「恥ずかしいからやめてください! それに、ちゃんと碧さんの気持ち、聞いてません!」

 波音の服を脱がそうとする手を捕まえ、波音はぴしゃりと言った。途端に目を逸らす碧だが、観念したように波音を抱きしめて、耳元で囁いた。

「……好きだ。愛してる」



【完】
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