水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「渚のところに居候するって話だが、まずは俺のところに来い」
「えっ。どうしてですか?」
「お前、俺に恩があるよな? もう忘れたのか?」
「あ……そうでした」

 拒否や反論は、許されない雰囲気だ。口を閉ざした波音は、恐る恐る渚を見た。

 渚は、碧の隣で立ち尽くしながら、羨望と嫉妬の眼差しを波音へと向ける。申し訳なさのあまり、波音は目を閉じて口角を下げ、謝罪の意を示した。

「俺が納得するまで、こき使ってやる。感謝しろ」
「ひっ……! が、頑張ります……」
「それと、ちょうど昨日、ここの裏方作業に欠員が出たところだ。仕事の宛てもすぐにはないだろう? お前を雇ってやってもいい」

 雇ってやってもいい、とは言うが、碧はもう波音を雇う気でいるようだ。こちらも有無を言わせない圧を感じたものの、とりあえず生きていくためには働かなければならない。

 働かざる者食うべからず。波音はいい機会を得たと思い、大きく頷いた。

「それは、ぜひ! よろしくお願いします!」
「……くくっ。お前、よく騙されるだろ?」
「え?」

 渚はやれやれと言いたげに首を横に振り、碧は喉の奥を鳴らして笑った。それほど騙されやすい性格ではないと波音自身は思っていたのだが、どうやら二人に呆れられているようだ。

 碧の仏頂面を崩せたのは嬉しく感じる一方で、本当に自分は馬鹿なのだろうかと、波音は疑問に思う。
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