水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「こっちでお願いします」
「分かった。もう出掛けられるか?」
「大丈夫です。あ、でも……掃除とか洗濯とか、しなくていいですか?」
「明日でいい」
「でも、私何もお手伝いしてなっ……」
「俺がいいって言ってるんだ」

 ぐい、と碧に手を引かれ、波音は外へと繰り出した。今日も空は快晴。太陽光が建物の壁で反射して、空気がきらきらと輝いているようだ。

 ただ、それよりも波音が気になるのは、碧に握られたままの手だった。

「あの、碧さん。手……」
「階段を降りるまでだ。慣れないサンダルを履いているから、転けるかもしれないだろ。怪我でもされたら困る」
「あっ、そ、そうですよね。ありがとうございます」

 街の通りへ向けて、階段を一段一段ゆっくりと降りながら、波音は手に熱が集まっていくのを感じた。力を入れるべきか、そのままにしておくべきか。

 二階から降りる時のように、腕を支えてもらったほうが、もう少し落ち着くのだが。

 悩んだ挙げ句そのままにし、波音は気を逸らすべく、他の話題を探した。

「なんか、南の島って感じの国ですね。暖かいっていうよりは、暑いですし……」
「ここは常夏の国だ。十二月から一月くらいは少し涼しくなるが」
「やっぱり、そうでしたか」
「お前のいたところは、四季それぞれあったのか?」
「はい。でも、夏が一番好きかもしれません。水が気持ちいいですし」

 あと残り五、六段。振った話題も長続きしなさそうで、波音は焦ってしまった。その結果、碧よりも先に降りようとして、段の角で足を滑らせたのだ。
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