水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 そして時間は過ぎ、五日目。バランス棒があった方が動きやすいだろうということで、明日の公演はそれを持たせてもらえることになった。

 紫は重心の不安定な傘を使用していたのだから、いかに彼女が素晴らしい技術を持っているのかが分かる。波音は心から彼女を尊敬した。

「おい! 集中!」
「は、はい!」
「何度も言ってるが、重心は臍《へそ》の下だ。足にかけるな。真っ直ぐ前を見ろ」
「はい!」

 考え事をしている暇はない。碧も、自分の練習時間や他への指導時間を削って教えてくれている。

 その方法はいかにもスパルタで、波音がくたばろうとも、何度も何度も繰り返し練習させた。褒められたことなど、一度もない。

 波音は集中し直し、碧のいる到着点だけを見つめて、綱を踏みしめる。下を向くと、その高さに身体が震えてしまうので、極力見ないようにした。

 今は成功率を上げることを考えなければならない。

 波音が無事にゴールへ辿り着くと、碧が手を差し伸べてきた。意外なことにドギマギしながらも、波音はその手を取った。

「予想以上に成長したな。明日から公演だ。二日間、どうにか乗り切れ」
「はい。ありがとう、ございます……」
「なんだ、その顔。幽霊でも見たのか?」
「……いえ。碧さんって、褒めることもあるんですね」
「俺を何だと思ってる? ん?」
「いひゃいっ!」

 顎と頬を強く掴まれ、仕返しされている。波音が碧の腕を叩いて降参を示すと、碧は顔を綻《ほころ》ばせ、手を離した。
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