クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
横手さん本人は困惑の表情をしている。唇が何か言おうと開けられるけれど、総務部長の勢いある言葉に潰されてしまう。

「新年会で社長から聞いたよ!詳しい段取りはどうなんだい?孝太郎くんとはもう話し合ってるのかい?」
「部長、違うんです。そういうことではなくて……」
「いやいや、まだ公にするのは早かったかな?でもおめでたいことだしねぇ!社長は結構あちこちで喋っているみたいだよ!」

横手さんは大慌てで頭を下げて、オフィスを後にしていった。
緊張感が流れたのは一瞬、総務部は仕事始めのムードに戻っていく。しかし、そこにはざわつきがあった。

千石孝太郎と横手愛梨が婚約した。

総務部長の言ったことは、社長の言であり、そこは覆るものではないだろう。

「真純先輩……」

山根さんと持田さんが気遣わしげな表情で寄ってくる。やだなあ、そんな顔しないでほしい。
私には関係のないことなのだ。

「ほら、仕事に入りましょ。営業が年末に回した書類があるから」

にこやかな表情はちゃんと作れたと思う。

携帯を見ると、横手さんからメッセージが入っている。

『先ほどの件は違います。お昼休みにお時間をください。お話したいです』

必死さが伝わる。彼女は私を裏切ったような気持ちでいるのかもしれない。
ああ、そうか。千石くんが私を諦める理由は、『婚約』だったのだ。
我が社の御曹司という立場で恋をやめたのではない。あるいはそれも理由の一端ではあると思う。
でも、彼には幸せにすべき人ができたのだ。

『お昼にカフェで待っています』

横手さんは最初に相対したカフェを指定した。既読だけつけて、私は液晶画面をブラックアウトさせた。
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