クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
ランチは総務部長や井戸川課長が千石くんを囲み、和気藹々としたムードで行われた。あれやこれやと話をしているのは上司だけで、私たち下々の人間はろくに千石くんと話すこともなく終わってしまった。漏れ聞こえた話では、やはり千石くんはスペインに戻るらしい。そしてそれを社長はよく思っていないらしい。この急な退職劇も、社長の強い意志が裏にあるようだ。乱暴に要約すると、会社を継がないなら出ていけという……。

どうして千石くんは富士ヶ嶺の後継者という立場を捨てていくのだろう。彼にとって、ここは守るべき場所で戻るべき場所じゃなかったのだろうか。
でも、それを本人の口から聞く機会は訪れないだろう。モヤモヤはしている。でも、それは私個人の気持ちで、千石くんの未来とは関係ない。

水曜の千石くん勤務最終日はつつがなく過ぎて行った。
彼は山根さんと持田さんに仕事を引き継ぎ、私が渡した仕事は戻す格好になる。人員はひとり減るけれど、次の新入社員を入れる約束を井戸川課長には取り付けてあるので、一時の我慢だ。

定時頃には、弟の涼次郎くんが運転手さんを従え、オフィスに現れた。

「兄がお世話になりましたぁ」

明るく入ってくる彼は、どうやら千石くんの荷造りを手伝いにきたらしい。半年ほどだったけれど、多少は彼も荷物がある。それをふたりで段ボールに詰めていく姿は、以前と変わらぬ仲の良い兄弟だ。社長とは確執が生じても、兄弟間には関係のないことなのだろう。
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