覚悟はいいですか
「ところで紫織さん、あなたは今後のこと、どう考えていらっしゃるの?」
「今後とおっしゃいますと…?」
「近いうちに海棠さんとお話もまとまるでしょう。その後も仕事は続けるの?」
「え、それは…まだ礼さんとも話し合ってないので、はっきりとは申し上げられませんが、」
礼を見て、ちょっと恥ずかしいけど思うままを言おうと会長に正面を向けた
「ゆくゆくは礼さんを支えていきたいと考えております。家庭に入るのか、仕事をしながらなのかはわかりませんが」
すると会長の目がスッと細くなった
「本当にそう思うの?それがあなたの本当の望みなの?」
……会長は何を言いたいのだろう?
「家庭に入って夫を支えるのも、ついでに仕事のパートナーとして寄り添うことも素晴らしいことだし、それなりに大変でやりがいもあると思う」
「ついでって」
礼ががっくりしているのに構わず会長は続けた
「でもね、本当にやりたいことをしながら守りたいものも守る方法があるとしたら、どうする?」
「やりたいことをしながら守る方法?」
「自分が一番上に立つことよ」
会長の瞳がキラキラと輝きだす
「人の下についてる限り、どうしても相手に合わせた働き方になる。やりたいことや思う通りのやり方を貫けないものよ。
でも自分が上に立てば、時間の使い方も仕事の進め方も自分の采配一つ。責任を取る覚悟と、仕事に対する深い情熱があればいいの。
私はその覚悟ひとつで、世の女性が男性と同じように仕事を選び、続けられる社会を目指し今までやってきたわ。もちろん多くの人の助けがあってのことだけれど、自分が最良と思うものを選び、最善と信じた方法でやってきた。誰にも私の人生の主導権は渡さなかった。
これが剣の真骨頂。自らが切り開いて後背を守り導く、華の剣の本来の姿ーーー」
「会長……」
「紫織さん、あなたの他人を思いやる心は素晴らしい。そのために心身を投げうつことも辞さないその情熱も。
私は人の気持ちに寄り添うその心と情熱をこれからの日本女性のためにいかしてほしい。
残念ながら、私の代では社会通念を覆すまではいかなかった。もちろん私や貴女だけが頑張っただけで変えられるものでもないけれど、一人でも多くの女性が働くことへの情熱を忘れなければこの国もいつか変わるかもしれない。
大切なのは想いを途絶えさせないこと。そのためにあなたには私の後継になってほしい。
そしてこれからのAthenaに世の女性が幸せを掴むお手伝いをできるよう、導いていってほしいの。あなたにはそれを実現する力があり、応援してくれる人がいる、でしょう?」
その時、膝の上できつく握りしめていた手を優しいぬくもりが包んだ
それは……見なくてもわかる、温かく大きい礼の手だ
問うように彼を見れば、優しい笑顔で力強く頷いてくれた
「それに、優秀な部下ももう育て始めてる、そうよね?」
やはり……経理2課が次姫候補の集まりという推測は間違いでなかった
そして私が会長の考えに気づき、動いていることもお見通し、ですね…
「まず私が導きます。そして…海棠さん、その後は貴方が支えてあげるのよ」
どういうこと?疑問に思って礼を見上げるが、彼は心得ているようだ
会長を見て頷いていた
織部会長はそれを見て、笑みを深め、私を振り返る