冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
港町での騒動
 春の陽光が燦々と紺碧の海を照らし、水平線上に浮かぶ白銀のきらめきを無数に作り出している。

 波止場には二十隻を越える大小さまざまな船が停泊し、掛け声とともに多くの積み荷が水夫たちによって次々と船の外へと降ろされていく。


 港町ホーグ。

 スフォルツァ王国の南西に位置し、連日、漁船や貿易船が沖合いに帆を広げ、市場には水揚げされたばかりの魚や、各地から収穫された色とりどりの野菜と果実が豊富に並ぶ。町の中心にある大通りの商店では異国の珍しい特産物が人々の目を楽しませ、飲食店前からは魚介類を使用した料理の芳ばしい匂いが漂う。

 海の玄関口としては国内最大の規模を誇り、王国の経済を支える主要地域のひとつである。


 その大通りの往来の中に、フード付きの茶色の外套を纏った、ふたりの若者の姿があった。どちらも長身で肩幅が広く、外套の下には麻のシャツと焦げ茶色のズボンを身につけ、黒いブーツを履き、腰に長い剣を帯びている。歳はふたりとも二十代半ばといったところだ。

「かなり賑わってますね」

 うちひとりが、煉瓦造りの建物の間から微かに吹き抜ける潮風を褐色の髪に受けながら、横に並んで歩く青年に声をかけた。

「そうだな」

 連れの方を見ずにやや抑揚のない声でそう答えたもうひとりの人物は、フードを目深にかぶったままその下からのぞく水色の双眸を周囲に向ける。通った鼻筋に形のよい唇、そしてスッキリとした顎のライン。たとえ顔全体が見えなくとも、それだけでもかなり端正な顔立ちの持ち主だということがわかる。

「ウォル様、少しの間だけでもフードを取ったらいかがですか?風が気持ちいいですよ」

「俺の髪色は目立つ。だからこのままでいい。ここでは気遣いは無用だ、ユアン」

「申し訳ありません」

 このふたりは主従関係にあるようだ。ユアンと呼ばれた褐色の髪の青年が、歩きながら一瞬頭を下げる。だが、ふたりの間に堅苦しい雰囲気はうかがえない。フードの青年ーー、ウォルは少し口角を上げると、ユアンの肩に軽く手を置いた。
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