冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない

「まったく、誰があんなひどいことをしたんでしょう」

 新たに用意された部屋で、花瓶に活けられた花の見映えを整えながらメリッサは小さく頬を膨らませた。

「まあ、それは今、調べてくれているみたいだし……」

 ソファに深く腰かけたフィラーナは、それに対して割りと穏やかな、なだめるような口調で応える。

「そんな悠長な……フィラーナ様はご立腹じゃないんですか?」

「そりゃあ最初はビックリしたけど、そんなに怒るほどでもないかな、って思って」

(全く怒ってない、って言えば嘘になるけど、こんなことで腹が立っていたらキリがないわ)

 あまりの平和ボケした日常に忘れてしまいがちだが、よくよく思い出してみればここは女の嫉妬が渦巻く王太子妃選びの場。よって自分が標的になってしまった原因はただひとつ。

(一昨日、殿下と一緒にいたところを、七人の令嬢のうちの誰かに見られたんだわ)

 並んで歩いていたし、背中の葉を取ってもらう際には互いの体が触れそうなほど近かった。親密にしていたと勘ぐられてもおかしくない。

(誰なのかはわからないけど……やることが分かりやすいというか……稚拙というか)

 首謀者である令嬢が自ら気味の悪い生き物を調達するとは考えにくく、王宮内の息のかかった者に命令を下したのだろう。あからさまな嫌がらせで精神的に追い込むことを目論んだのであろうが、彼らの最大の誤算は相手がフィラーナだったということである。

「フィラーナ様がそうおっしゃるなら私は何も言えませんが……でも、あの時のフィラーナ様の動じないお姿に私、惚れましたわ! 侍女の間でもその話で盛り上がっているようですよ。あ、ですが中には“ヘビ姫様”とか勝手に異名をつける者がいるようで……」

「あら、なんてこと!」

「ええ、ホント失礼ですよね!」

「だって私、“姫”じゃないもの」

「……引っ掛かるの、そこですか……?」

 しばらく呆れ顔のメリッサだったが、この会話で少しは虫の居所が治まったようで、ふふっと口元を綻ばせた。
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