冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「フィラーナ様のご様子を見に行かれますか?」

 何か言いたげな笑みを浮かべて、レドリーが尋ねる。ウォルフレッドはその視線を受けると急に不機嫌そうに眉根を寄せた。

「……なぜそんなことを聞く?」

「殿下のお顔にそう書いてありますので」

「馬鹿な」

 顔をそむけたウォルフレッドは訓練場をあとにし、自室の方向へと足を向けた。レドリーが斜め後ろに一歩下がって付き従う。

「いやぁ、実に嬉しい傾向ですね。殿下がどなたかに興味を持たれるなんて。先ほどもご心配されていたでしょう?」

「心配などしていない。身柄を預かっている以上、最低限の配慮を示しただけだ。だが、今回のことは意外だった。一昨日、あの娘と城の森で会って話をした時、誰かから恨みを買うような人物には思えなかったからな」

「それは港町の時からお感じになっていたのでは?」

 さりげないレドリーの発言に、ウォルフレッドの足がピタリと止まる。そして静かに首だけ振り返った。なぜ知ってる、という鋭い視線と共に。

「……ユアンか?」
 
「ええ。初謁見の日、ユアンからあなたと同じことを聞かれました。『あの蜂蜜色の髪のご令嬢の名前は?』と。偶然にしてはおかしいと思い、問い詰めました。ああ、私が無理に口を割らせたので、どうかユアンにはお咎めなきよう」

「仲の良い兄弟で結構なことだ」

「あなたのことも、もちろんかわいい弟だと思っておりますので、ご嫉妬なさらず」

「やめろ。気色悪い」

 レドリーとユアンは、王家とも繋がりの深い名門バルフォア公爵家の嫡男と次男だ。ウォルフレッドは理由あって幼少期を王宮ではなくバルフォア家で過ごし、その頃から三人は兄弟のように育った。現在何かと気の休まることのない王宮の中、ウォルフレッドにとってレドリーとユアンは最も信頼のおける腹心の部下なのである。

「まあとにかく、ご自分の心に素直に従うのも時には大事ですよ」

「どういう意味だ」

「生涯ずっとひとりで生きていくおつもりですか?」

「……愚問だな。こんな俺に、ついてくる酔狂な女がいるとは思えない」

 ウォルフレッドは視線を廊下の先に戻すと、再び歩み始める。

 そんな頑なな王太子の背中を見つめながら、レドリーは人知れずため息をついた。
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